日本競馬の夜明け
紀元前12世紀には古代ギリシャで開催されており、やがてヨーロッパ各国で盛んになった競馬。日本の歴史との関わりはどうでしょうか。
日本の歴史的な文献に競馬らしきものが初めて登場するのは、平安時代です。平安時代にそのものズバリ「競馬」と書く競技があったという記録が残っています。ただ、この当時は「けいば」と読むのではなく、「くらべうま」と読んでいたそうです。平安時代は貴族の時代ということもあって、この「くらべうま」も貴族の道楽として行われていたようです。
時は流れて江戸時代、この時からは現在行われているような欧米スタイルの競馬が日本に入ってきます。江戸時代の末期といえば幕末の開国と同じ時期で、外国勢からの圧力によって日本が開国を余儀なくされました。開国とともに欧米の文化が一気に流れ込んできたわけですが、その中に競馬も含まれていました。
鎖国が解かれて外国人の居留地が設けられた際、その居留地の中に欧米人たちは競馬場を作りました。最初は居留地の中で外国人が楽しむためのものでしたが、居留地のというのは治外法権で幕府の賭博禁止というお達しが及ばないこともあって、多くの日本人も居留地にやって来ては競馬を楽しんでいました。このことに目を付けた幕府は、やがて横浜に幕府が運営する競馬場を設置しています。
やがて江戸時代が終わって明治時代になると、欧米文化はさらに日本人の生活に大きな影響を及ぼすようになりました。その流れに乗る形で競馬場は全国各地に建設され、それぞれの競馬場では盛んに競馬が開催されるようになります。
イギリスの競馬が王族や貴族のたしなみというイメージを持っていたので、当時の日本で行われていた競馬も、皇室や貴族などの社交場として機能していたようです。